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腹水の中には、がん細胞が含まれている可能性が高く、腹腔静脈シャントで腹水を循環させることは、同時にがん細胞を循環させることにもつながります。 がんを治す、という医療ではないのです。
ただ腹水がたまらなくする、という対症療法に過ぎません。 しかし、シャントを通じてがん細胞が全身に転移していく、というリスクを考慮したデメリットと、腹水がなくなって快適な時間を過ごすことができるメリットとを比較して、メリットの方が大きいと選択する方もいます。

実際に、この技術を受けて退院し、数か月にわたって外来通院だけでがんの闘病を続ける方もいました。 ほかにも、食道から虹門にかけての消化管のどこかがつまる、消化管閉塞、という状態は、吐き気、咽吐も誘発され、患者さんから食べる楽しみを奪ってしまうものですが、シリコン製や金属製のチューブ(ステント)を、消化管の中に入れて消化管がつまらないようにする、という技術もよく実践されています。
ステントは内視鏡を使って消化管内に挿入することが可能で卵巣がんから肝臓へ転移治療する緩和ケア、積極的な緩和ケアとはどういうことなのか。 そのことを具体的に教えてくださった方がいました。
Nさんです。 Nさんにお会いしたのは、一時退院を目前に控えた二○○五年四月の大型連休前でした。
Nさんは、瞳の大きなとてもエレガントな女性です。 実は、ご夫婦そろって医師、とうかがった上で、お会いしました。
Nさんは、椅子に座り、足がだるくならないようにベッドに足を投げ出すようにした姿勢で、こう切り出しました。 「本当に、私は、思いがけないことばかりで、いま嬉しいんです」Nさんは、三年前にある病院で卵巣がんの手術を受けましたが、二○○五年一月に肝臓への転移を知らされました。
「この時点で、余命数か月、と言われました。 緩和ケアに移るときです、とも言われたんです。
私は医師ですし、この病気のことは学問的にも理解しています。 ですから緩和ケアという段階に入ったということは、頭では理解しました。
だから、自宅の近くの緩和ケア病棟に入院するつもりでした。 ただ、その上でやってみたい治療があったんです」Nさんは、全身に広がっているがんを駆逐することは難しいと知っていました。

しかし、肝臓に転移したがんだけでも集中的に攻撃すれば、少しでもがんの進行を食い止められるかも知れない、と考えたのです。 そこで、肝臓のがんをたたく治療として、肝臓に栄養を送る管の一つ、肝動脈から抗がん剤を入れて、肝臓の局所のがんに投与する、「肝動注」という治療を受けたいと考えました。
一般に、抗がん剤治療といいますと、全身治療です。 抗がん剤は血液とともに全身に運ばれ、全身の細胞全体を相手に効果を現すのです。
しかし、Nさんが試してみたいと考えたのは、カテーテルという管を通じて抗がん剤を局所のがんに直接投与する方法です。 Nさん夫妻が探しだしたなかで、もっとも積極的な治療の一つでした。
「本を読んで、そういう治療がある、手段がある、というのなら、ぜひやってみたかった」。 Nさんは、その病院の緩和ケア病棟への入院を取り止め、以前かかっていた「癌研」に情報を求めました。
緩和ケア病棟に入ることができるのか。 肝動注を受けさせてもらえるのか。
癌研有明病院には、Nさんのようにがんが進行し、肝臓に転移のある患者に対して、肝動注を積極的に行っている科があります。 消化器センターの中の「肝胆豚グループ」、文字どおり、肝臓・胆嚢・膨臓のがんの内科治療を手がけるグループです。
Nさんは、緩和ケア病棟への入院の申請をする際に、同時に肝動注を受けたいという強いところが、Nさんは打ちのめされることになりました。 入院するつもりだった病院では、試してみたいこの治療は実施できない決まりになっている、と告げられたのです。
「ああ、緩和ケア病棟は、やっぱりホスピスといいますか、最期を迎える場所なんだ、と思いました。 たとえ終末期だとしても、こちらは、治療をしてもらいたい、チャンスを試してからではないと次に進み出せない、という気分になっているのに、うちの緩和ケア病棟では治療はできません、と言われてしまうと、八方ふさがりで、どうしていいかわかりません」。
しかし、肝動注を受けられたからといって、もともとの卵巣がんの状態がよくなっていると、希望を伝えました。 Nさんの病状から緩和ケア病棟への入院は問題ない、となったのですが、肝動注が受けられるかどうかの希望については、緩和ケア科から肝胆陣グループに伝えられ、検討されました。

その結果、Nさんはその治療を受ける条件を満たしていることが確認され、治療予定が早々に組まれることになりました。 緩和ケア病棟への入院も決まりました。
癌研有明病院には、緩和ケア病棟では抗がん剤治療をしない、というルールがあり、抗がん剤治療を受ける患者は、治療期間中は、化学療法科に転科・転棟しなければなりません。 が、Nさんが入院した当時は、病院がまだ本格的に稼働していなかったこともあり、さらには国の緩和ケア病棟の認定施設にもなっていない、ということもあって、例外的に緩和ケア病棟で過ごし、肝動注の治療だけ外来の治療室で受ける、という形になりました。
Nさんは、緩和ケア病棟に入院したとき、余命数か月、という現実につぶれそうな想いでいました。 死を覚悟して、あきらめの境地にいたのです。
その中にあって、こだわり続けた肝動注治療を受けられたことが、Nさんの気持ちを明るくしました。 Nさんは、次第に腹水がたまって生じる苦しさを訴えるようになっていました。
腹水は、おなかの臓器を包んでいる「腹膜」というところに、小さながん細胞が散らばった形になる、「がん性腹膜炎」に伴う症状です。 腹膜の血管やリンパ管の透過性が悪くなり、通常は吸収されるはずの浸出液が漏れだしたままの状態になるのです。
腹水がたまると、おなかが妊婦のように重くなり、倦怠感が増してきます。 食欲も落ち、だるさが増してきてしまいます。
Nさんの腹水に対して、新たな治療が試みられることになりました。 前に述べた「腹腔静脈シャント」という治療です。

原理は簡単です。 おなかの中に管を内蔵し、一方を腹水側に、もう一方を心臓の上大静脈に入れます。
腹水の圧を利用して、たまった腹水が自動的に上大静脈に戻っていくというのです。 この治療は、同じように腹水のたまる「肝硬変」の患者に対して、以前から行われてきました。
当時は、管が詰まりやすいなどの装置自体のトラブルがあり、あまり医療現場に浸透しませんでしたが、今では装置が改良され、管が詰まる、という危険は大幅に減少しました。 それに伴い、この治療が、がんの緩和ケアの現場でも導入されるようになってきたのです。
ただ、この腹腔静脈シャントは、まだ普及しているとは言い難い状況です。 医療スタッフ自身の中にもさまざまな考え方があるようです。
「腹水がたまった症状に対して新たな医療行為をするのは、行き過ぎではないか。 技術としての評価がまだ定まっていない段階だ」といった考えのスタッフも少なくありません。
M医師は、この治療を知ったとき以来、大きな関心を寄せていました。

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